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横浜地方裁判所 昭和36年(む)368号 判決 1961年8月09日

被疑者 中島博佳

決  定

(被疑者氏名略)

右被疑者に対する公務執行妨害被疑事件につき、昭和三六年八月五日横浜地方裁判所裁判官鈴木健嗣朗がした勾留の裁判に対し、弁護人山内忠吉、同山本博から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

被疑者に対する公務執行妨害被疑事件につき、昭和三六年八月五日横浜地方裁判所裁判官のした勾留の裁判は、これを取消す。

被疑者に対する右被疑事件につき、横浜地方検察庁検察官のなした勾留請求は、これを却下する。

理由

本件準抗告申立理由の要旨は、横浜地方裁判所裁判官鈴木健嗣朗は昭和三六年八月五日被疑者に対する公務執行妨害被疑事件につき、横浜地方検察庁検察官中野博士のなした勾留請求について、被疑者は刑事訴訟法第六〇条第一項第二号、第三号に該当する理由があるとして被疑者を勾留する旨の裁判をした。

しかし、第一に本件被疑事実によると全国自動車交通労働組合相鉄支部と相鉄交通株式会社との間に行われた労働争議に関し、右労組側と会社側との摩擦を阻止するために派遣された数百名の警察官の隊伍と右労組支部組合員等との対峙している際に被疑者は右警察官の隊伍中の一警察官に対し暴行を加え公務の執行を妨害したというのであり、かつ被疑者はその場で直ちに現行犯人として逮捕されたものであつて、本件被疑事実の有無は多数警察官の面前での行為であつて、これら目撃者である警察官の供述を取ることは極めて容易であり、被疑者を釈放しても、これら警察官に対し罪証隠滅を働きかける余地はない。第二に被疑者は捜査官の取調に対し供述を拒否し氏名住所等を述べなかつたが、事件は新聞紙上に報道され捜査官は被疑者の住所氏名等を充分知つており、被疑者も裁判官の勾留質問に対し、自己の本籍、住所、氏名、年令および職業を供述し、右供述が真実であることを弁護人も保証することができる、更に被疑者の住所地には妻中島美智子(三三才)、長女ひろみ(八才)も同居しており、被疑者は公然とした職業を有しているものであるから、逃亡する虞はない。したがつて刑事訴訟法第六〇条第一項第二号、第三号に該当する理由はなく、その理由ありとして被疑者を勾留した裁判は違法であるので主文と同旨の決定を求めるというにある。

よつて本件を審案するに、被疑者に対する公務執行妨害被疑事件につき、横浜地方検察庁検察官中野博士より刑事訴訟法第六〇条第一項各号に該当する事由がありとして横浜地方裁判所に勾留請求がなされ、昭和三六年八月五日同裁判所裁判官鈴木健嗣朗が同条第一項第二号、第三号に該当するとして被疑者を勾留する旨の裁判をしたことは本件記録により明かである。

そこで同法条第一項各号の理由について検討する。

被疑者が勾留状請求書記載の犯罪を犯したことを疑うに足る相当な理由は本件記録により一応認めることができる。次に被疑者が罪証を隠滅する虞があるかどうかについて検討するに、本件記録によれば、本件事犯は相鉄交通株式会社の労働争議に関し、会社側のロツクアウトに対抗した会社横浜営業所構内にある組合事務所を実力をもつて明渡を求めようとする所謂第一組合及びその支援団体とこれを阻しようとする会社側及び所謂第二組合とさらに不測の事故を防止するため警備中の警察官の隊列とが相対峙している際に行われたものであるが、右事犯は警察官等の目撃者の供述を得ることが困難な状態下にあつたとは認め難く、(貝沼秀永の司法警察員に対する供述)かつ被疑者はその場で直ちに現行犯人として逮捕されており、被疑者を釈放されることにより、証拠資料の蒐集が困難となり、あるいは関係者と通謀し、あるいはこれに威迫を加えて積極消極に罪証を隠滅する虞があると認め難く、被害者及び多くの参考人が警察官であることからも罪証隠滅の蓋然性は少く、また今後の捜査を困難にする虞はなく、その他罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由があると認められない。

次に被疑者が逃亡すると疑うに足る相当の理由があるかどうかについて検討するに、本件記録によると被疑者は捜査官の取調に対して終始供述を拒否し、氏名、年令、住居等を一切供述せず、裁判官の勾留質問に際し初めて、その氏名、年令(生年月日)、住居、職業を供述し右供述の内容は司法巡査の捜査した氏名、年令(生年月日)、住居、職業と一致し、真実であることが認められる。

更に当裁判所は職権をもつて調査するに、被疑者は右住居地に昭和二九年一月二八日頃から居住し、妻中島美智子(三三才)及び長女ひろみ(八才)と同居して生活を営んで居るものであることが認められ、本件事案に照らして逃亡し又は逃亡すると疑うに足る相当な理由があると認められない。

よつて前記勾留請求を刑事訴訟法第六〇条第一項第二号、第三号に該当する事由ありとして被疑者を勾留した裁判は失当であり、本件準抗告の申立は理由があるから同法第四三二条、第四二六条第二項により原裁判を取消し、更に前記勾留請求を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 福島昇 松沢二郎 新矢悦二)

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